だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

手段が目的化する社会

ここ最近の人々の行動を観ていて思うのが、手段の目的化ですよね。
人の人生は短い為、本当に達成したい目標があるのであれば、それを追い求める為にまっすぐに進まなければ到達は出来ません。
しかし、その目的を達成する為の手段に力を入れ、最終的にその手段が目的化している人が多すぎるような気がします。

身近な例を挙げると、ダイエット。
人それぞれ、ダイエットを行おうと思うに至った目的があるはずです。
ある人は、異性からモテる為に。
ある人は、健康的な身体を維持する為に。
ある人は、好きなブランドの服を着る為に。

色んな理由で、理想的な体型を手に入れるという目標を建てます。
その手段がダイエット。
体重はそのダイエットが進んでいるかを知る為の、指標の一つにしか過ぎません。
しかし多くの人の場合、この体重の数値を下げることが目標にすり替わり、本来の目標を見失ってしまう。

結果として、短期間しか効果がなく、その後確実にリバウンドする様な方法に手を出して、挫折する。


もっと身近な例を挙げると、お金です。
そもそも、貨幣というのは物々交換のツールでしか有りません。
では何故物々交換を行うのかといえば、人それぞれが個々に生存の為の活動をするより、社会全体として生きる方が効率が良いからです。
つまり、自分一人で農作物を耕して家畜を飼い、服を作って勉強をして…となんでも一人でやると、効率が悪い。

それなら、農業・酪農・服飾・大工などの専門分野に分けて、それぞれが作ったものを交換しあう社会の方が、圧倒的に効率が良い。
一つのものを作り続ける事で熟練度も上がるため、製品価値も上昇する。
他には、効率化によって時間が大幅に短縮できるというメリットも有ります。
時間が効率化出来れば、余った時間で体を休ませる事も可能ですし、中の良い人や家族と遊ぶ余裕も出てきます。

この様に、幸福を追求する為には専業による効率化が必須。
専門家が作った製品やサービスを、円滑に行う為のツールがお金。
つまり、お金というのは安定的な、そして幸せな生活を実現するためのツールにしか過ぎません。

しかし一部では、お金を所有する事そのものが目的になってしまっています。
如何に効率よくお金を稼ぐかという事に熱心になってしまう。

この思想も、一部の間だけで留まっていれば問題はありません。
しかし、経済は繋がっている為に、他の人も影響を受けてしまう。
世の中に出回っているお金の量は大体決まっている為、誰かが大量に保有するという事は、その他大勢の人々が保有する量が減るということ。
大勢の人の保有するお金の量が減ると、生活をする為に生活を犠牲にして働かなくてはならない。

結果として、人生そのものが経済構造に支配されてしまう。

受動的であれ、目的が手段にすり替えられてしまうと、その人は永遠に目的を達成することはできなくなります。
こういう時代だからこそ、何が目的なのか。
何が幸せなのか。

本当は何がしたいのかについて、考える必要があるのではないでしょうか。

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