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ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

【映画感想・考察】 第9地区

アバターと公開時期が若干被り気味で、その影に隠れてしまった映画第9地区
しかし評判が良く、前々から気になっていたので、レンタルで借りて観てみました。
という事で、今回は映画感想・考察回です。

最初に注意点ですが、既に観た人を想定して書くため、ネタバレ要素を含みます。
観てない方で興味のある方は、観てからお読みいただく事をお勧めします。


第9地区。
一番最初は、空を覆う様な巨大な宇宙船の映像から始まります。
映像を観て最初に想ったのは、銃夢に出てくるザレム




しかし、その宇宙船は地球人が作ったものではなく、宇宙からやってきたもの様でした。

そこで、次に頭をよぎったのが、銀魂
銀魂は、江戸時代に黒船を使って技術の差を見せつけ、開国を迫ってきたのが外国ではなく、宇宙人。
その宇宙人達は、開国後に日本に住み着いて、政治などに食い込みつつも、日常生活を送っているという設定の漫画。
この漫画の海外版が第9地区かな?と思ったのですが、結果をみると、当たらずとも遠からずって感じの映画でした。

この映画の世界での宇宙人は、発見された時には全員栄養失調で死にかけの状態。
宇宙船がやって来たという事で、世界中の視線を集めていた街は、追っ払うことも出来ずに宇宙人達を救済することに。

当初は一時的にかくまってから返ってもらうつもりだったが、巨大な母線から部品が落ちてしまった為に母線が機能せず。
結果、宇宙人達はその都市に住み着く事になってしまう。

しかし宇宙人達は地球の常識を持ちあわせてはいない為、略奪などをやりたい放題。
結果、宇宙人達が集う地域の治安は悪化し、住民たちからの反発もあって、街は隔離政策を撮ることになるのですが、その計画の為の立ち退き許可を取る役人が今回の主役。


感の良い方なら既に気づかれていると思いますが、この宇宙人と移住によって起こる様々な悪影響が、移民問題とリンクしているんですよね。

ここ最近のアクション映画は、敵を人間で行うと暴力描写で思い切ったことが出来ないという理由で、ゾンビものにする傾向が有りますが、この作品はそれの移民差別版。
実際の差別問題を実際の人種で行ってしまうと、問題が出てくる場合も多々あります。
そのターゲットを地球には存在しない宇宙人にすることで、かなりストレートな差別表現を行っています。

この作品でかなり印象的なのは、宇宙人に対しての差別っぷり。
甲殻類の様な容姿をしているという理由で、彼らを【エビ】と呼んで蔑みます。
それだけでなく、扱いも犬猫並の扱いです。
これは宇宙人ということで、人権が存在しないという事で差別が合法的に問題なく行われていたりするのですが…

よく考えたら白人の方々は、アジア人を観て【イエローモンキー】って言ってますよね。
この事から、宇宙人だから人権はないから、行き過ぎた表現も出来るという前提を置いて、今現在起こっている問題を描いているように思えます。


もう一つ印象が強かったことは、宇宙人達の地球人に対する態度です。
この映画では、宇宙人達と一緒に耐えず食べ物が映っています。
これは、宇宙人達の身体を維持するのに、人以上のカロリーが必要だという事なんでしょう。
つまり、彼らが犯罪を犯す理由は、食いつないで生きる為。

そのことがよく分かるのは、彼らが持つ武器の数々でしょう。
彼らは、人間が建造することが出来ない程の巨大な宇宙船をつくり、地球にやって来ました。
当然、技術力は人間のそれとは桁外れに違います。

人口も100万人レベルでいるようですし、その武器の数々を利用して街を制圧しようと思えば、可能だったはずなんです。
にも関わらず、宇宙人達は地球人の差別を受け入れて、第9地区というエリアに押し込められて不便な生活を強いられている。
地球人達は、宇宙人達には蟻の組織でいう女王の様な指導者が居て、それ以外は無能という理解をし、無能だから黙っていうことを聞いていると思っているようですが、そうでもないんですよね。
物語中盤で主人公と行動を共にする宇宙人の一人は、自分で考える頭脳を持ち、自分達の星の高度な科学知識も持っていました。
そんな彼が、自分達の宇宙船を動かす為に製造した燃料を取り戻すために敵陣の乗り込む時、誰も殺さないという条件で行動を共にするんですよね。

以上の彼らの行動から、やむを得ず地球に不時着し、栄養失調で死にかけた板自分達を救ってくれた地球人に恩義を感じていた事が想像できます。
恩義がある為、技術力的にかなり下等な人類に、どんな待遇をされても文句もいわないし、受け入れてきたのでしょう。

そんな彼らの行動を観た地球人が、『頭の良い指導者は死んで、今残っているのは馬鹿ばっかり』と思っている辺りが、かなり滑稽です。

この映画の面白いところは、その滑稽な人間の代表の様な人間が、主人公だったりするところです。
主人公は宇宙人達を虫けらの様にしか思っていません。
その為、平気で馬鹿にするし、卵を見つけたら躊躇なくゲーム感覚で潰します。
しかしそんな主人公が、あるハプニングで宇宙人へと変化していくことになります。

因みにですが、ここら辺の表現は、思わずハエ人間の【ザ・フライ】を思い出したり。


宇宙人の身体に徐々に変形していくことで、人間からひどい仕打ちにあった主人公は、今まで散々バカにしてきた宇宙人の元に逃げ込みます。
ここで宇宙人達と行動を共にすることにより、主人公の心も徐々に変化していくのですが、ここの表現が結構面白い。
主人公の心の変化と体の変化がリンクしているんですよね。

人間の姿を保っていた頃の主人公は、宇宙人を頼りつつも馬鹿にした態度をとっていました。
行動を共にした宇宙人が殺されそうになった時も、彼を見捨てて逃げる道を選ぶ程度の人間でしたが、彼が殺される直前に心変わりし、助けに行く事を決めます。
つまり、本当の意味で宇宙人との間に仲間意識が生まれたわけです。
この後の彼の姿は、かなり宇宙人に変形しているんですよね。

このことから分かる事は、人は所詮、経験しなければ理解できないということなんでしょう。
主人公も、行動を共にするだけでは宇宙人達の心を理解することは出来ませんでした。
自分自身が宇宙人に変形することでしか理解できなかったのです。

人が人として違う文化を理解することが出来ていれば、一方的な差別は起こらないんでしょうけどね。

映画のモデルが南アフリカアパルトヘイト政策の様なので、この辺りの差別の事も含めてみると、色々考えさせらる作品でした。