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だぶるばいせっぷす 新館

ホワイトカラーではないブルーカラーからの視点

PS4PROを買ってみた (テレビのアップデート PS4のデータ移行の話など

先日のことですが、2016年の11月に発売されたPS4Proを購入しました。
購入を決めた一番大きな理由としては、今年(2017年)の正月にHDR対応4Kテレビを購入したからです。
kimniy8.hatenablog.com
最近のゲーム、特に洋ゲーは、ゲーム内に出てくる本やメモ・スマホといった細かい文字を見刺されるケースが多くなってきました。
元がPCゲームという事もあるのでしょうが、この細かい文字をテレビで見るのが結構つらい。そんな思いから、テレビを購入したんです。

テレビを購入すると、次に気になるのがゲーム機。
丁度、私が現在プレイ中のフォールアウト4や、DLC全部同梱して新たにリメイクされた、Skyrim Special Edition。
現在買おうと思っている、Horizonなどが4kのproに対応したという話も聴き、非常に気になっていたんです。


            

気にはなっていたけど、決して安い買い物ではない。
という事で、リサーチしまくった所、以下のことがわかりました。
私が調べた所、一番多くて深刻な問題は、テレビとの相性が悪いと4kもHDRも使えないというもの。ちなみに私の持っているテレビ(UH6500)は、微妙に対応してないっぽい。
折角購入するのに、一番の売りである部分が使いないのは、正直辛すぎる。
また、実際に購入しようとしても、Amazonなどでは品薄なのか定価で買えない状態になっている。
ただでさえ高い買い物なのに、転売屋に更にプレミアム料金上乗せしてまで書いたくない。
結果、一旦、様子見を決め込むことになりました。

しかし、様子見を決め込んでいる間も気になって、ネットに繋いでいる時は常に『ps4 pro 比較』などで調べてしまう状態。
『これは色んな意味で、購入しないと駄目だな。』と思い、前向きに調べてみると、テレビの方でps4proに対応したシステムアップデートソフトを配布しているという情報をキャッチ。
早速、LGの公式サイトに行ってみると、本当にソフトウェアが更新されている。
しかしテレビの方でバージョンアップをかけてみると、アップデートが出来ない。
どうやら、アップデートの為のソフトは配布しているが、自動アップデートには対応できていない様子。
USBで接続出来る記憶媒体が有れば手動アップデートが可能とのことなので、、早速、手動でのアップデートに挑戦。

ソフトウェアの入手方法は、LGの公式サイトに行って、右上の【サポート】という項目をクリック。
すると、新規窓でサポート項目がズラっと出てくるので、一番左下の【ソフトウェアダウンロード】をクリック。
製品の型番を入力する画面になるので、そこに型番を入れればOKです。

最初は、『ダウンロードしたzipファイルを入れたusb機器を差し込めばよいだろう。』と簡単に考えていたのですが、これではアップデートは不可能。
ネットで検索するも、方法は自動アップデートの方法しか出てこない。
そこでダウンロードしたzipファイルを解凍、その後、アップデートファイルっぽいものだけを取り出してテレビに認識させるも、不発。
途方にくれていると、ダウンロード画面にはシステムファイルだけでなく、pdfもあることに気がつく、しかし、それを開くと、全部英語…
『無理やん』と脱力感に襲われるも、注意深く見ていくと、全部英語ではなく、全部違う言語で書かれているっぽいことが分かる。
『これは、探せば日本語があるかも!』と思って下の方にスクロールすると、見事に日本語ページを発見。

それによると、zipファイルで配布されているシステムファイルを回答してusb記憶媒体に書き込むわけですが、この際、記憶媒体の方に新規フォルダを制作し、フォルダー名を『LG_DTV』にする必要が有るようです。
この手続をしないと、外部ストレージを接続しても、写真や動画閲覧の選択肢しか出てきません。

何とか無事にテレビの方のアップグレードも済み、残りは買えるかどうかだけ。
先程も書きましたが、ただでさえ高いものをプレミアム料金を払ってまで書いたくないんです。
しかし、Amazonでは一向に定価販売にはならない。
そこで、ダメ元で近所の古本市場に行ってみると…普通に在庫がある!何台も!

ps4proは、品薄とはいってもPSVRまでではないようで、普通に店舗に行けば在庫はあるっぽいですね。
これで、テレビの相性問題と購入問題が解決してしまったことで、買わない理由がなくなってしまいました。
格言でも、『買わない理由が値段なら買え』というものがありますし、このまま買わずにいた場合、proに買い替えたらどれほど改善するのかを検索し続けるんでしょうし、その時間も勿体無いということで、購入しました。

後、私のようにノーマルからproに買い換える人の為に注意点を書いておくと、ps4とproは、繋げればデータ移行も簡単!との触れ込みでしたが、私の場合は同じネット回線につなげてもデータ移行は出来ませんでした。
症状としては、新しいps4の方でネットワークに繋がった旧ps4を見つけられないというもの。
説明書によると、旧ps4をpsnにログインした状態で立ち上げ、その後、ps4proを立ち上げてデータ移行を選べば問題なく出来ると書いてありましたが、実際にはネットワークに繋がったps4は見つけられず。
また、一度データ移行の作業を行うと、proの方でもpsnにログインしてしまうようになり、その度に旧ps4psnからはじき出される為、旧ps4psnにつながっている状態を維持できない状態になるんですよね。

ただ、私の場合はps plusに加入していた為、セーブデータはオンラインストレージにアップロードされていた為、proの方にプレイしたゲームをインストールすればセーブデータはダウンロードできる為、プレイする上で支障はないんですけどね。
データ移行の場合は、1時間ぐらい本体を放置すれば全ての作業を自動でやってくれる一方で、こちらの方法はソフトを手動でインストールしなければならない分、手間はかかりますけどね。
PS4のシステムは今後アップデート予定で、外付けHDDにゲームのインストールやセーブができるようになるらしいので、そうなると、移行はもっと楽になるから、この点は気にしなくて良いかもしれませんが。

実際にプレイした感想ですが、劇的に改善しているのかといえば、そうでもない感じがします。
プレイ画面を間違い探しのように、目を皿のようにして比較しまくれば違いは見つかるんでしょうけども、普通にプレイしている感じでは、『描写が全く違う!』って印象は受けませんでした。
ただ、遠くのオブジェクトまで描画できるようになっているようで、より『そこに居る感』は増したような気がします。
また、事ある毎に『綺麗だなぁ。』と景色やシーンに見とれることも有るので、かなり綺麗になっているのかもしれない。
その他には、ノーマルps4では建物が多くて人口が多いところなどは、カクカクなる事も有ったのが、そんな事は一切なくなった感じでしょうかね。
これから発売されるソフト、特にAAAと呼ばれるソフトは、pro用にハイレベルなグラフィックを使ったソフトを出してくるでしょうし、今から新規で買う人がいれば、proをオススメしますね。


       

現金は必要なのだろうか

こんなタイトルで投稿を書くと、このブログをずっと観ている方(そんな人がいるかどうかは知らないが)は、『また、脱資本主義とか左系の記事だよ』なんて思われるかもしれませんが、今回の内容は少し違います。
今回テーマになる『お金』ですが、概念やツールとして必要ないとか脱却すべきなんてことを主張したいわけではなく、実物としての現金が必要があるのかという話です。

こんなことを考えるようになったキッカケは、少し前に放送されていたWBSという経済ニュースです。
どんなニュースかというと、北欧の(確かスウェーデン?)では、国民が現金を全く使わないので、中央銀行としても通貨を刷らない事も検討しているというもの。
誤解して読み解く人も出てくると思いますので、もう少し丁寧に書くと、経済が停滞して国民が消費を出来ないという話ではありません。
電子決済の普及により、現金決済が必要無くなったという話です。
日本では絶対に起こらないようなことも、北欧のような小さな国では容易く実行できてしまうのでしょうか。ともかく現金決済がなくなり、ほぼ全てと言って良い経済活動が、電子決済に移行したようです。
txbiz.tv-tokyo.co.jp
これって、かなり凄いことですよね。日本は現金主義で、基本的な取引は、ほぼ、現金で行われます。
しかし冷静になって普段の生活を振り返ってみると、その現金主義が非常に面倒くさいことに気が付きます。
そして更に発展して考えると、現金決済には様々なデメリットも存在します。
という事で今回は、キャッシュレス社会について考えていきます。

日本に住む私達は現金決済に慣れていて、基本的な決済は現金で行います。
しかし現金決済を行うためには、結構な準備が必要になってきます。

小売店を例に考えてみましょう。
店側は、客が毎回きっかりと払ってくれるわけではない為、『お釣り』の為の小銭を用意する必要が有ります。
その『お釣り』を用意する為に、開店前の忙しい時間に銀行に両替に行くという手間がかかります。
客の立場の場合、1万円を出して嫌な顔をされるのが嫌な場合は、事前に千円札でお金を用意していく必要が有ります。
現金決済をしている所為で、面倒くさい作業や気遣いが必要になってきます。

またこの小売店が食材を売っているような業態の場合、決済の為に汚いお金に触るのも、小さいながらもリスクです。
お金というのは、色んな人から人に渡ってきているもので、どんな人がどんな扱いをしているかわからない代物です。
地面に落ちたこともあるでしょううし、トイレに行って手を洗わずに扱う人もいるでしょう。財布に入れず、長期間選択していない服にそのまま突っ込んでいる人もいるでしょう。
そんな状態で何十人、何百人、下手をしたら数千・数万回も人から人に渡ってきているものです。
良く、パソコンのキーボードは便器より汚いなんて言いますが、お金はそれ以上に不衛生なものでしょう。
そんなものを、食材を扱い店が取引の度に触るというのは、結構、不衛生です。

その他には、犯罪面からも危ない。
現金決済ということは、その店の売上は一定期間は店のレジに保管されます。
店に多額の現金が絶えずあるということは、強盗被害のリスクも有ります。常時一人で営業させるワンオペで有名な牛丼屋は、強盗の格好の的になっていましたよね。
また、店から金融機関に運ぶ際に襲われるということも有ります。

外からの強盗が無かったとしても、多くの人が入れ替わりでレジを担当するような店だと、従業員・バイトがお金を盗むという事件も有るでしょう。
従業員のモラルが高く、レジから金を抜く人間が全くいなかったとしても、レジ担当のミスによって売上と現金が合わないなんて事は有るでしょう。
しかし全てが電子決済化されれば、金の受け渡しミスが無くなる為、こんなミスも少なくなるでしょう。

別の例で簡単に書くと、タクシーでの現金支払いです。
客として乗り込む場合、財布に1万円しか無い状態だと、事前にコンビニなどで買いたくもない小物を買って崩す必要が有ります。
この際、下手をするとコンビニ定員にも嫌な顔をされる可能性が有ります。にも関わらずこんな行動を取らなければならないのは、タクシーで1万円を出すと、もっと嫌な思いをするからです。
またそのタクシーは、現金を絶えず持っている上に運転手一人で営業ということで、絶えず強盗の危険と戦わなくてはなりません。

こうして一つ一つ考えていくと、現金決済というのはIT技術が進んだ現代では、かなり面倒くさい上にリスクの高い決済方法だったりします。

その一方で、電子決済の場合はどうでしょう。
電子決済なので、店側がお釣りを用意するなんてことも必要ありませんし、客側も『1万円札しか無いよ』なんて事は考えなくても良い。
また、店に売上金が貯まることもない為、強盗が入る心配は激減します。何故なら、店には現金はないんですから。
当然、現金を扱わないため、不衛生な現金に触る必要もありません。

この他にも、全てを電子決済で行うことで、何を購入したかという明細が簡単に確認できるようになります。
これにより、家計簿ソフトなどと連動させれば、簡単に月の収支を知ることも出来ます。
事業の場合は会計ソフトと連動させる事で、税金関係の帳面作成などが飛躍的に楽になることで、更なる恩恵が得られるでしょう。正に会計士要らず。

完全に電子決済化した状態でマイナンバーと口座を結びつければ、金の流れがほぼ完全に把握できる為、マネーロンダリング等の不正もしにくい。
そもそも裏金や、その洗浄なんてものは実物としての現金が有るから行いやすいわけで、金の流れがクリアに見渡せるようになれば、この手の犯罪も減るでしょう。
国としても、今まで不正によって未納だった税金が回収できることになり、これによって貧困層に対する負担が大きい消費税なども廃止に出来るかもしれない。

また、中国などではATMから偽札が出てくるなんて事も結構あるようですが、電子決済によって実物の現金が無くなると、偽札の心配もなくなります。

客観的な立場から冷静に今のシステムを見てみると、不正や犯罪・ミスは決済に現金が絡んでいるから起こっているようにしか見えません。
電子決済を導入することで、様々なリスクや不正を減らすことが出来、より効率的な社会になるように出来るのではないでしょうか。

勿論、電子決済ならではのリスクも出てくるとは思います、しかし、だからといって、古いシステムにしがみついて良いということにはなりませんよね。
新たに出た課題は課題として解決していく必要は有りますが、より進んだシステムがあるのであれば、それに移行していくほうが効率的で良いのではないでしょうか。

【働き方改革】年間の労働時間720時間は妥当なのだろうか。

先日ニュースを見ていたら、『働き方改革会議』という話し合いで、時間外労働時間の上限を決めるという話が報道されていた。
ここで話されていた内容としては、月の上限を60時間にする方針だが、企業側は繁忙期の事を考えて、100時間超を希望している云々という話。

この話を聴いた私の正直な感想としては、『繁忙期だけ極端に忙しい業種とか有るから、企業側が求める100時間も分かる気がする。』といった印象でした。
ただ話し合いの結果、月の上限は60時間と決まったようで、これを聴いても『妥当かな。』という印象しか受けませんでした。
しかしこの後、『月の時間外労働時間を60時間とするので、年の時間外労働時間の最大は720時間とします。』という発表を聴いて、『は?』と思ってしまいました。
これ決めたやつ、小学生かと。

という事で今回は、労働時間について考えていきます。

私の考えを書くと、1日8時間労働として、月の残業時間が60時間や100時間になるのは、仕方のないことなのかなと思います。
しかし、年トータルで考えると残業は無しを理想にすべきだと思います。

月の残業は認めるが年の残業は認めないというのは矛盾する事なので、もう少し詳しく書いていきましょう。

私は京都に住んでいて、観光に関連する仕事をしています。
京都の観光客は春と秋に集中する為、関わり合いのある業者は春と秋は残業をしているところも結構多い。

京都に限らずとも、日本は4月に人の移動が集中している為、引越し業者や不動産屋などは、2~4月に売上が集中する。
これに伴って家電の売上なども変わってくるでしょうし、メーカー側も、この時期に新作を発表する為に企画・開発などを行うでしょう。
また、経理部門などは決算期には忙しくなりますし、上場企業だと4半期ごとに忙しい時期が来ることも理解できます。

それぞれの業界や部門によって繁忙期と閑散期がある為、『繁忙期は仕事が沢山有るから、残業してでも片付けて欲しい』という企業の思いは理解できます。
人を雇えという反論もあるとは思いますが、配達などの単純労働の場合は人も入れやすいでしょうが、専門技能が必要な業種の場合は人を入れるのもかんたんでない場合が多い為、『一定期間だけ頑張って働いて!』という要望は、仕方のないことだと思います。
これらを考慮すると、月に60時間とか100時間の時間外労働を求める気持ちも、解らなくもない。

しかし、年間720時間というのは何なんでしょうか。
誰が観てもわかると思いますが、720時間という時間は単純計算によって出された時間です。
『1ヶ月60時間で、1年は12ヶ月あるんだから、60×12=720で、年間720時間ね。』
この数字を見た時、『掛け算を覚えたての小学生か!』と思わずツッコんでしまいましたよ。

先程も書きましたが、多くの業者が繁忙期と閑散期が有り、繁忙期だけ人数を増やすことが困難な場合は、『その期間限定で時間外労働をしてね』という言い分は理解できます。
しかし、年720時間という時間設定は、毎月60時間の残業をすることを前提の数字。
毎月60時間の時間外労働が必要なのであれば、それは単純に人が足りてないので、経営者は人を雇うべきなんです。それが、経営者の仕事です。
冷静になって考えてみてください。時間外労働というのは、割増料金が支払われます。
慢性的に時間外労働が必要なのであれば、業務を効率化することで仕事量を減らす。限界まで仕事を減らしているのに時間外労働が必要なのであれば、人数を増やして仕事を割り振ることで、経費を削減することが可能です。
10人のスタッフを雇って毎日3時間の時間外労働を全員に強いて、残業代として2割増しの料金を支払うのであれば、4人の新スタッフを雇って仕事を割り振って全員が定時で帰る方が、2割増しの残業代分の経費が浮くことになります。
少ない人数で慢性的に時間外労働を強いるというのは、固定費の観点からみても非効率です。

これを考慮すると、『毎月60時間の時間外労働』というのはあり得ない事が理解できると思います。
ですから、60時間×12ヶ月=720時間というのは、考え方が根本的におかしい。
繁忙期と閑散期が半年づつと仮定して、年の時間外労働時間は360時間とかなら、まだ理解できる。

しかし個人的には最初に書いた通り、年間の残業代はゼロを目指すべきだと思います。
ゼロを目指すとはどういうことかというと、繁忙期には残業するんだから、閑散期には早く帰らせろという話です。
繁忙期に毎日12時間働くのであれば、閑散期の労働時間を4時間にすれば、年平均で観るとバランスが取れます。

この考えは正確に書くと、時間外労働を何時間に設定するかという話ではなく、一年間の労働時間の上限を決めろという話です。
年間200日働くとして、基準となる労働時間を1日8時間に設定する場合、年間で働く労働時間の上限を1600時間に決める。
こうしておけば、繁忙期に12時間や、それ以上働いて会社で寝泊まりするなんて期間が一定期間続いたとしても、繁忙期さえ過ぎてしまえば、長期的な休みや一日4時間労働なんて素敵な日常が待っていることになります。

現在の日本は大手企業ですらもブラック化し、長時間労働が増えて自殺者なんて出ている状態ですが、人が死ぬまで追い詰められるのって、ゴールが見えない状態で酷使されるからなんですよね。
明確にゴールが決まっていれば気持ちに余裕も出来てきますし、少々厳しい状態だとしても、期間限定とわかっていれば耐えられるケースって少なくないでしょう。

というか、社員を死ぬまで働かせないと利益が出ない時点で、経営者として失格です。経営者の仕事は組織を効率よく動かす事。
今はIT技術も進んできているので、社内向けの余計な書類制作なんて業務はITの導入によって省くことが可能。
他にも効率化出来る部分は非常に多くなってきているわけで、新たな使えそうな新技術を導入することで仕事量を減らし、同時に不必要な経費も削減していく。
これらの努力を一切せず、膨れ上がる仕事を社員の労働時間の引き伸ばしという手段でしか解決出来ない時点で、無能と自ら主張しているようにしか聞こえない。

こんな無能な経営者たちと、世間の常識から外れた感覚の政治家が会議をしているから、『年間の時間外労働時間720時間』なんて意味不明な数字が出てくるのでしょうね。
このブログでは何度も書いてますが、可処分時間が増えないと消費も増えません。経営者の怠慢で時間外労働を増やせば増やすほど、自分たちの首も絞めていることに気付くべきです。
年間の労働時間の上限を決めるということは、社員のライフワークバランスを整えるだけでなく、消費を増やす視点からも必要だと思うのですが、どうでしょうか。

【ゲーム紹介】 Fallout4 (フォールアウト4)

今回紹介するゲームは、今更感が結構強い『Fall out 4 (フォールアウト4)』です。


      

この作品、2015年の年末に発売し、私は2015年中に購入したのですが、今更の紹介です。
何故、1年以上も紹介が遅れたのかというと、単純に、面白さに気がついたのが最近だったからです。

先ずは、簡単にゲームの舞台設定を紹介していきましょう。
舞台となるのは今から200年先の未来の話。主人公は、1970~80年台ぐらいの古き良きアメリカと、未来のロボット技術が織り交ざったような環境のアメリカ・ボストンに住んでいたのですが、そのアメリカで内戦が勃発。
各地に核爆弾が落とされる事になります。
爆弾投下直前にVault-Tec社が運営する地下シェルターに家族(配偶者と赤ちゃん)と共に逃げ込めた主人公は、そこで冷凍睡眠状態にされ、200年間の眠りにつきます。

そして次に目が冷めた直後に見たものは、何者かが自分の配偶者を撃ち殺し、自分の赤ちゃんを誘拐する姿。
その後再び冷凍状態にされて眠りにつき、ようやく目が冷めて地下シェルターから抜け出した主人公が目にした姿は、荒廃した文明が崩壊した世界。
日本で例えるなら『北斗の拳』 映画で例えるなら『マッドマックス』の様な世界に突然、放り出された主人公は、その世界で何とか生き抜き、自身の子供を取り戻すために奮闘する。という話です。

舞台となる荒廃したボストンの作り込みや描写は素晴らしく、そのデータ量はPS4でも処理が重くなるほど。
設定の作り込みも非常に細かく、ゲームをプレイする時間が増えるに比例して没入していく作り。
非常に素晴らしい作品です。

何故、こんな素晴らしい作品に、発売から1年も経過してから熱中し始めたのかというと、このゲームの作りが非常に不親切で、面白さを発見する前に1度挫折してしまったからです。
不親切というか説明不足で、物凄く単純で基本的な操作の説明すら殆どない為、本当に探り探り。
発売当初は攻略サイトも充実していなかったせいか、本当に自分自身で操作を体感して覚えていかなければならないのですが、その作業が面白くない。

例えば、このゲームでは拠点開発をする事が出来、家や家具などの構造物を自分で作ることが可能です。
そのチュートリアルの様なクエストが初期にあるのですが、チュートリアルなのに説明不足で分かり辛い。
最初のチュートリアルを乗り切ったとしても、どのアイテムにどんな効果があるのかの説明や使用方法の説明がない為、チュートリアル以外の応用の仕方がわからない。
結果として、クラフトの楽しさを知る前に拠点開発を諦めてしまう。

次に難易度。
このゲーム、基本的にはFPSなのですが、初期に出てくる虫等の敵が結構小さい上に動き回るので、攻撃そのものが当て辛い。
FPSが苦手な人向けに、時間の流れがゆっくりになって特定部位を指定して攻撃するVATSというシステムがあるのですが、これはスタミナを使う為、連発が出来ないにも関わらず、敵はかなりの量で攻め込んできたりする。
結果として、すぐに死ぬ。
また、このゲームはオープンワールド。初期の状態から全てのマップに行くことが可能なのですが、変な場所に足を踏み入れると、いきなり強い敵に囲まれて蜂の巣にされる。
序盤を乗り切り、ある程度自由に動くためには、適切なレベル帯のクエストを受けて完了する必要があるのですが、そのクエストが何処で発生するかもわからない。

まとめると、操作の説明が不親切なうえ、オープンワールドで何処にでも行ける(逆に何処に行ってよいかわからない)ので、基本的に探り探りで試行錯誤しなければならないにも関わらず、序盤は装備も能力も低いので、とにかく死にまくる。
こんなゲームの為、購入してある程度ゲームを勧めた所で飽きてしまい、放置してたんです。

ですが、1年も放置を続けていると、他の人達は既に遊び尽くしている状態。自分のプレイや実績などをブログや動画で紹介する人達も増えてきました。
攻略サイトも充実し、『最初にやるべきこと』といった記事も増えてきた為、『折角だし』とそれらの記事や動画に目を通してみる事に。すると、その中のクラフトを使った拠点紹介の動画や画像にハマってしまい、『自分でも思い通りの作りたい!』と思ったが最後、むくむくと創作意欲が湧いてきて、再プレイに突入してしまいました。
ただこのクラフトによる拠点づくり。クラフトで最初から作れるアイテムは意外と少なく、自分の目当ての物を作ろうと思うと、マップ中に散らばるクラフト用雑誌やパークと呼ばれるレベルアップ時に貰えるポイントを振り分けて身につけることが出来るスキルを持っていないと作れないものが多数。
これらのクラフト品を開放する為に、レベルを上げたりクエストをこなしたりしている内に、『もっとこの世界のことが知りたい!』と思い、ドンドンのめり込んでいくことに。

此処から先は、正に泥沼に足を突っ込むが如く、ズブズブとFallout4の魅力にハマっていくことになります。
レベルが上ってスキルを身につけることで、どんどん強くなっていくのが実感できる。
そしてクエストをこなす度に、『このスキルがあったら、もう少し楽ができるようになるのにな』なんて思うようになってくる。
必要なスキルを全て身に着けるためにはレベルがどれ位必要なのかを逆算することで、とりあえずのゴールも見えてくる。

やるべき事とやりたい事がドンドン積み重なっていき、気がついたら自由になる時間はずっと、Fallout4をやっている状態に。
そして、プレイすればする程、ゲームの世界観がつかめてきて、『この世界の中でどんな人生を過ごしたいのか』を考えるようになってきます。

少し具体的に書くと、このゲームには4つの勢力が存在します。
市民たちが相互に助け合う形で組織化された自警団的な『ミニッツメン』
文明崩壊前に作り出されたハイテク危機を集めつつ、人間以外の勢力を全て殲滅して平和を取り戻そうと考えている『B.O.S』
インスティチュートが作り出した人造人間の中で、自我に目覚めたものを助け出し開放する為に動いている『レールロード』
そして、すべての勢力から敵対視されている、都市伝説化している正体不明の組織『インスティチュート』

メインストーリーは、これら4つの組織の中から自分の考えと合う組織を見つけ出し、最終的には特定勢力に加担するわけですが、各勢力の考えていることがかなり複雑。
その為、各組織の考えを見抜く為に、各組織に関わり合いながら、それぞれの組織の本心を見極めていく必要があるのですが、それぞれの組織はそれぞれの正義のもとに動いている。
正義と悪の戦いなら選択は楽なのですが、皆が『自分たちのやっていることは正しい!』と信じて行動している為、本当の意味での正解はなく、プレイヤーの価値観に委ねられることになります。

各組織の人達は、それぞれの立場からプレイヤーに対して様々な問題を投げかけてくるのですが、その問に答えていく内に、ゲームをとして自分自身の性格が浮き彫りになっていく感覚が非常に面白いです。
ゲーム自体のボリュームが凄く長時間楽しめる為に、そこが逆に社会人にとってはハードルが上がってしまってる感のある作品ですが、プレイする時間があるのであれば、是非、試してほしい作品ですね。
時期的に、DLC全部込みバージョンとか出そうですが、それが出た場合は、買って損はない作品だと思いますね。

フレーム問題 ~サイコパス・コミュ障は治るのか

最近、『サイコパス』とか『コミュ障』について、悶々と考えていました。
『そもそも思考の仕方が違うんだろうな』と漠然と思っていたのですが、そこに随分昔に読んだ事がある『フレーム問題』を当てはめると、何となく説明がつきやすくなったので、今回はサイコパスやコミュ障をフレーム問題から考えてみます。

私は専門家ではないので、『フレーム問題』についての詳しい説明は出来ませんが、簡単に説明すると、『人が行動できているのは認知できている範囲(フレーム)があるから』というもので、人工知能を適切に動かすには、フレーム問題を解決しなければならないというもの。
フレーム問題 - Wikipedia

例えば、人工知能搭載のロボットが有ったとして、そのロボットにあるもの(A)を取ってくるように命令する。
その(A)にはセンサーが付けられており、動かすと爆弾が起動して爆発してしまうとします。

ロボットに何の条件もつけずに、ただ『取ってくること』だけを命令した場合、ロボットは何も考えずに(A)を取り、センサーが反応して爆発してしまいます。
これでは困るので、対策としてロボットに、『(A)を正常な状態で持ち帰ってくること』という条件を付けたとします。
するとロボットは、(A)に取り付けられている爆弾は勿論のこと、それ以外のあらゆる出来事にも反応してしまう。
例えば、爆弾のセンサーを取り外そうとした際に発動するトラップはないか、(A)がある場所までに落とし穴はないか…など、考えうる全てこの事に反応してしまい、結果として命令を実行できずに動けなくなってしまう。

この問題を解消する為に、ロボットに『必要最低限の警戒をしろ』という命令を書き込んだとしても、今度は『何が必要最低限なのか』を計算してしまうため、これまた動けなくなってしまう。
人工知能の場合は、可能性の視野が無限にある為、何が重要なのかを理解することも絞り込むことも難しいというのが、フレーム問題。
人間の場合にはフレームが有り、可能性の視野が限定されている為、細かい可能性を無意識で無視するために動けるということ。

この考え方って、人間にもそのまま当てはまると思うんですよね。
結論から書くと、サイコパスとコミュ障の違いは、人が持つフレームの大きさに関係しているのではないでしょうか。

具体的には、サイコパスの人間は元々のフレームが小さい。
視野が極端に狭いため、目の前に自分の利益を確認した場合は、それしか認知できず、その利益を手に収めた場合やそれまでの過程で『周りの人が困る可能性』については全く見えていない。
その為、自分の利益に最短距離で全力疾走で進むことが出来る。こんな人が経営者になった場合、我先にと利益に飛びつく行動を取る。
資本主義の世界は、誰も行動していない時に行動できるかどうかが成功出来るかどうかに繋がる事が多い。
経営者にはサイコパスが多いなんて話も有りますが、こう考えると納得もしやすい。
president.jp
ただ、フレームが小さいということは、先程も説明したとおり認知できている『可能性』が殆ど無い状態。
その為、『この職場環境で従業員は満足だろうか』『こんな真似をして、迷惑がかかる人はいないだろうか。』といった視点は全く抜けている、というか見えていない為、ブラック経営者になりがち。
この他に、自分の考え出したものでもないのに、話題になったり有名なワードで商標登録を出願して、利益を得ようと思うような人も同類だったりする。
全てのベクトルが『自分の利益』に向いていて、それ以外が見えていない状態なので、自分の行動で人が傷つこうが嫌な思いをしようが、それが『見えていない』ので躊躇なく行動を起こせるし継続することが出来る。

これが悪い方向に転び、『人が死ぬ姿を見たい!』と思ってしまった場合も、その行為に伴う被害・損害などは見えてないので、躊躇なく行動を起こすことが出来てしまう。

コミュ障はこれとは逆で、フレームが大きすぎる為に行動を起こせない人たちのことでしょう。
私も自覚できる程のコミュ障なのですが、よく他人から『考えすぎだ』と言われます。
他の人からすると考える必要もなく、普通に行動すれば問題は起こらないと思われることも、私の場合は考えてしまう。
その結果、いざという時に行動が起こせなかったり、テンポが明らかに遅れたりしてしまう。

例えば人と約束があるときなどは、どんな話題を話そうかを考える。
それもただ考えるだけでなく、自分が話した事で相手がどんな返答をするか、その場合はどのように返答するかなんてことを綿密にシュミレーションしたりする。
この時点で結構なストレスになっているので、他人から誘われて『行く』と返答している場合は、その約束を破るということはしないのですが、自分から『誘おうかな?』と考えている場合などは、シュミレーションをしている内に面倒くさくなって結果的に誘わないなんてこともしばしば起こる。
他人に誘われて行った場合も、シュミレーション通りに会話が進むことなどはなく、その場その場で臨機応変に対応を求められるわけですが、いざ家に帰って会話内容を反芻すると、『あのときの返答はあれでよかったのだろうか。』『あの伝え方では誤解をされてないだろうか』なんて事を考えてしまい。悶絶してしまう。

人と会いに行こうが行くまいが、結果的に物凄くストレスが貯まってしまう為、そういう機会からは遠ざかってしまう。
これがコミュ障なのでしょう。

もっと視野を狭くし、『他人が何を考え感じたとしても、自分には関係ない。』『自分が楽しければ、それで良い。』と考えれば、ストレスも軽減されるし、もっと人と会う行動その物を楽しむことも出来るのでしょう。
純粋に人と合うことが楽しめれば、その雰囲気は相手にも伝わるため、相手も『この人と一緒にいると楽しい』と感じることが多く、結果的に人と会える回数も増えていく。
リア充と呼ばれる人は、『今の社会に適応した丁度良い大きさのフレーム』を持っているため、その様な行動を取れるのだろう。

このように考えると、世の中でうまく生きていく為に必要なのは、適切なフレームを見極め、自分のフレームを最適化することなんだと思います。
極端にサイコパスだったりコミュ障だったりする場合は、矯正するのは難しいようにも思えますが、サイコパス気味・コミュ障気味程度であれば、自分の認識を変えてパラダイムシフトを起こすことで、改善も可能の様に思えます。
この様な矯正に必要なのは、自分の起こした行動とその結果を真摯に見つめ直すことです。

人間の認識とは結構適当なもので、人は見たいものを見て聴きたいように聴いています。
同じ事実を見たとしても、捉え方は自分が捉えたいように捉えるということです。
コミュ障の人は、自分は他人から見ると対して面白くないと自分を捉えますし、サイコパスの人は自分の都合の用意ように解釈してしまいます。
これはつまり、世の中を見ている人ごとに事実があることになるわけですが、その事実を主観から客観的なものに変えていく作業が必要なのでしょう。

客観的に物事を見つめ直した結果、自分が考える事実と客観的に観た事実との間に差を見つけ出すことが出来れば、その時点でパラダイムシフトが起こり、考え方や行動が根本的に変えることが可能になってくるでしょう。
ただ、自分以外の視点を持つというのは自分ひとりではかなり難しいため、コミュ障を解決するために他人と積極的にコミュニケーションを取らなければならないという矛盾したことも起こってくるわけですが。
まぁ、性格を変えるなんてことは簡単に行えるものではないので、地道に少しづつ、焦らずに視点の差を埋めていくことが継続して出来るかどうかが重要になってくるんでしょうね。

トランプ氏の指摘通り 日本は為替操作国なのだろうか

先日トランプ氏が、『日本と中国は為替操作国だ!』って感じのことを発言したようですね。
トランプ氏の様々な言動には同意できない部分も多いですが、今回の『日本は為替操作国』という点については、個人的には『そう思われても仕方がないよね。』と思ってしまいます。
という事で今回は、日本は為替操作国なのかについて考えていきます。

この話を理解するために、先ず知っておくことは、貿易と通貨の関係です。
貿易や通貨は、本当に正しく理解をしようと思うともの凄い細かいところまで勉強する必要が有るので、今回は全体的なイメージを掴むため、簡単に表層的な部分についてだけ書いていきます。

貿易というのは、通貨とモノ・サービスの交換のことです。
例えばA国とB国が、それぞれ100の通貨を発行していると仮定します。A国・B国が発行する通貨は、それぞれ別の通貨とします。
1年間でA国は、B国に対して70通貨分のものを輸出して、50通過分のものを輸入した場合、A国は差し引き20通貨分の輸出超過となり、この20通貨分が貿易黒字になります。
逆にB国は、20通貨分の貿易赤字となります。

1年経過後のお互いの通貨の状態は、A国が120通貨を所有しているのに対し、B国は80の通貨しか保有できていない状態になる。
翌年も、そのまた翌年も同じような取引をした場合、B国の通貨は毎年20通貨分減少していき、単純計算で5年で底が尽きてしまいます。
では実際の経済の場合も5年でB国の通貨はゼロになるのかというと、実はそうでも無い。
というのも、A国の通貨とB国の通貨が違う場合、両者はそれぞれの価値が変化します。

A国の輸出業者からすれば、輸出品と交換でB国の通貨を貰ったとしても、B国が破綻してしまえば、B国の通貨は使えなくなってしまうかもしれない。
また輸出品を作るためにA国の従業員を雇ったりA国の業者から仕入れを行っているのであれば、人件費等の支払いはA国の通貨で支払わなければならない為、B国通貨をA国通貨に交換しなければならない。
どちらの場合も結果として起こるのは、B国通貨を売ってA国通貨を買うという為替取引が起こります。

通貨に限らず、不動産・株式・債権等どんな市場でも、価格は需要と供給で決まります。
A国通貨が欲しいという人(需要)が増えるが、A国通貨を売りたい人(供給)が増え無い状態だと、A国通貨の価値は上昇しやすくなる。
逆に、B国通貨を売りたい人(供給)が増えて、B国通貨を欲しいという人(需要)が現れない状態では、B国通貨は下落しやすくなる。
結果として起こるのは、B国通貨が下落するのに対してA国通貨が高騰する現象です。

しかしここで面白いのが、『市場』というシステム。
A国通貨が上昇してB国通貨が下落すると、B国の人からするとA国製品は値上げされているのと同じになる為、買い辛くなる。
例えば、元々は1:1の交換比率だったものが、A国通貨が値上がりし、『これからは1A国通貨に対して2B国通貨払ってもらわないと交換できないよ。』という1:2の交換比率になったとする。
そうすると、B国通貨の人に取ってみるとA国の商品は2倍に値上がりすることになるので、コスパが悪くなる。
逆に、A国通貨の人から見るとB国の商品は半額に値下げされたのと同じなので、少々品質が悪くても買おうというインセンティブが働く。
また企業からすると、A国で人を雇うよりもB国で人を雇ったほうが人件費を半分に節約できる為、設備投資をB国で行いやすくなる。

結果、B国の輸出は伸びるので、貿易赤字の関係が逆転する。
このような流れを『神の見えざる手』なんて呼んだりして、これを盲信している人が『人が手を加えずに市場に全てを任せよう!』なんて主張したりします。
『神の見えざる手』が万能かどうかは今回は置いていて、本題に戻りましょう。

先程の例の場合は、A・B国共に、通貨は最初に発行した100通貨ずつしか持っていないという設定でした。
しかし、最初に貿易黒字を出していたA国が、通貨を新たに発行し続けたらどうでしょう。
先ほど説明した通り、貿易黒字を出すと、回り回って黒字国の通貨の需要が高まり、市場で供給量を上回る状態が続く為、結果として黒自国は通貨高になりやすいわけですが、A国が印刷機を回して紙とインクが原材料のお札を供給しまくったとしたら?
当然、通貨高は需要と供給で決まるため、供給が増えて需要と釣り合いがとれてしまえば、価格変動はなくなる。
供給量が更に増えれば、価格が下がるという現象が起こります。

この、『紙とインクでお札を供給している』のが、今の日本です。
日本の中央銀行である日銀は、年間80兆円レベルで日本国債を購入しています。
日本国債というのは、簡単に表現すると政府の借金。国が、手持ちのお金が無いけど金を使いたい場合、国債という名の借用書を印刷して販売することで、使いたいお金を手に入れ事が出来る代物。

日銀は、その借用書である国債の保有高を年間80兆円ペースで増やしていく政策をとっている。
では、国債を買う財源はどこからくるのかというと、紙とインクでお金を刷っている。
つまり今の日本が行っていることは、政府が紙とインクで借用書を刷って、その子会社の日銀がが紙とインクで刷ったお金で購入している。
それで金を得た政府が、日本円をバラ撒いている状態。

物凄く簡単にいえば、紙とインクを使って国がお金を毎年80兆円分刷ってバラ撒いてるってことです。
問題は、そんな事をして市場に影響を与えないのかということ。

通貨というのは、先ほど説明した需給関係以外にも、別の要因で価値が上下します。その別の要因は何かというと『信用』です。
『信用が高い』通貨は高い価値を保てますし、『信用が無い』通貨に価値はない。

通貨を発行している日本が、毎年80兆円分の信用力を何かしらの方法で得ているのであれば、通貨の信用力は保たれるでしょう。
しかし、特に信用力を高めていないのであれば、水増しされた通貨はその分だけ価値を下げてしまいます。
現在の日本の場合はどうなのかというと、特に信用力を高めることなく、数値目標で通貨を供給し続けているだけす。

何故こんな政策を行っているのかというと、単純に『円安にしてインフレにする為』です。
単純な話で書くと、今までアメリカから1ドル(100円)で仕入れていたものが、2倍の円安になれば、同じ商品が200円と2倍の価格に跳ね上がります。
日本は資源の多くを輸入している為、円安に誘導する事で輸入品の価格を引き上げることが出来、結果的に物価を上げることが可能です。
日銀は年率2%のインフレ目標を掲げていますが、これを達成するのに一番簡単な方法は、毎年2%ずつ通貨を下落させれば良い。
この毎年80兆円ずつ通貨を増やすという量的金融緩和により、信用不安による通貨の価値の希薄化。つまりは、水増しと、需給関係の両方の面から通貨安に誘導することが出来る。

こんなことを何年にもわたって行い続けているわけですから、『日本は為替操作国だ!』と言われても仕方のないことなんですよね。
確かにトランプ氏は、問題のある行動や発言を行う人物かもしれませんが、だからといって、全ての発言が間違っていると決めつけると、何も見えなくなるような気がします。

インフレに出来ない日銀

数年前に黒田日銀総裁に変わり、『インフレ率を2年で2%!』を掲げた日銀ですが、それから2年以上経過したのにもかかわらず、全くといって良い程、日本のインフレ率は2%に上がっていません。
そもそも、物の溢れている供給過多の状態ではインフレは起こりにくいということが大前提としてあるわけですが、それとは別に、日本独自にインフレには出来ない要因がある様に思えます。

その理由とは、『インフレになると日本が破綻する』
この様な少々極端なことを書くと、終末論者とか反日とかDisれられそうですが、前回に紹介したマネーショートを観ると、どうしてもそんな不安がよぎってしまうんです。
http://kimniy8.hatenablog.com/entry/2017/01/24/121710
http://kimniy8.hatenablog.com/entry/2017/01/27/124514

マネーショートといえば、不動産バブルの崩壊によって全世界が経済危機に巻き込まれた『サブプライム問題』『リーマンショック』を解説した映画なのですが、その映画の中で銀行家がとっている行動が、今の日本の銀行がとっている行動と変わらないんですよね。
日本はリーマンショック以前にも、バブル景気とその崩壊を体験しているわけですが、また似たような行動をとっているところに、非常に不安を覚えるんです。
似ているといっても、その前提条件は若干異なるんですけどね。
アメリカのサブプライム問題が生まれる根底に有ったのは、不動産価格が下がらないという不動産神話。その一方で、日本の現状の問題の根底にあるのは、『低金利が将来にわたってずっと続く』という予測ですが。
根本的な原因こそ違えど、起こる結果は似たようになると思われるので、少し不安なんですよね。

具体的な例で見てみましょう。
今日本中で巻き起こっている、マンション・アパートの建築ラッシュ。
私の住む地域は、京都の中でも中心地からは少し外れ、比較的落ち着いた感じの地域。閑静な高級住宅街というわけでもなく、土地価格も比較的安くて安定していた地域でした。
しかしここ1~2年で、物凄い数のマンションが乱立し始めました。
徒歩5分圏内だけでも6棟のマンションが建ち、建設予定の空き地がまだ控えている状態。
はっきり言って、異常。

私の知り合いが銀行の融資部門に配属されたそうなのですが、どう考えても供給過剰の地域に、まだ『マンションを建てたい!』と融資の客が頻繁に訪れる程。
配属されたばかりで良心的であった私の知り合いは、その地域がいかに供給過剰かということを親切丁寧に説明したようですが、客はそれでも『建てたい!』と訴えかけてくるようです。

不動産業者に聴いた話によると私の知り合いの様な人間は稀で、大抵は、不動産業者と銀行の融資部門はズブズブの関係で、そんな助言は一切せず、何なら、土地を持ってる顧客には営業をかける事もあるそうです。
当然審査も結構ゆるい。CMなどを見ても、『土地がなくてもアパート経営できます』なんてものが頻繁に流れています。

何故こんな状況になっているのかというと、日銀が採用している低金利政策が原因です。
需要喚起の為にゼロ金利政策を行い、日銀当座預金の利息も新規分はマイナス金利適応までしたことで、その思惑通りに不動産市場で需要は喚起されて建築ラッシュが起こったわけです。

マネーショートで描かれたサブプライム問題は、『住宅市場は未来永劫上昇し続ける』という思い込みで、返済不可能な人にまで貸出を行ってしまった事が原因で起こった悲劇。
何故、不動産神話が誕生してしまったのかというと、アメリカは基本的に移民で作られた国だから。年間200万人レベルの移民を受け入れ、人口も上昇傾向。
家を少々建て過ぎたとしても、後に流入してくる移民が購入してくれる為、いずれ需給は安定する。
この背景を素に活況を呈していた不動産市況ですが、悲劇に繋がる直接的な切っ掛けは、金利引き上げ。
サブプライムローンの借り手は金利が4%の場合だとギリギリ返済可能だけれど、8%に上昇すると途端に返済できなくなり、ローンが焦げ付き始める。
これを合図に不動産価格の上昇が止まり、止まる事によって不動産神話が崩壊。結果として、大火傷を負う羽目になってしまった。

日本の場合は、少子化で且つ閉鎖的な為、基本的に人口は減少傾向。現時点で首都圏で空室率が30%なので、当然、将来の不動産市場も暗い見通し。
にも関わらず銀行が緩い審査で融資をしている背景は、アメリカの様な将来的な不動産市場の上昇ではなく、超長期的に続くと予想している『ゼロ金利政策』です。

日本は世界的に見ても独特で、新築の不動産に目がありません。
木造建築が基本で、40年経過すると無価値になってしまうのが原因なのでしょう。
その為、賃貸物件でも新築の場合は空室率を低い状態で保つことが可能。
これを利用し、最初の3~4年の収益分を銀行に返済させれば、その後は、不動産オーナーが破綻しても担保にした物件を差し押さえれば損失は免れるという計算なのでしょう。
3~4年分の期間だけ回収できればリスクは下げられるので、審査が多少緩くても問題ない。

しかし、何らかの原因で金利が上昇したらどうでしょう。
そもそも、首都圏で空室率30%の不動産市場というのは、完全な借り手相場の状態です。
新築だからといって高い家賃を設定できるような、甘い世界ではないでしょう。当然のことながら、上昇した金利分を稼ぐために家賃を上げるなんて選択肢は選べません。
家賃を上げても、その分空室率が上昇すれば損益としてはマイナスですからね。

金利は賃貸業にとっては経費みたいなものですが、経費の増大を価格に転嫁できないのであれば、事業としての旨味は薄れます。
金利の上昇幅にもよっては、下手をすれば不動産オーナーの利益が初年度から吹っ飛ぶという事態も考えられます。
『固定金利だから大丈夫。』と思われている方もいらっしゃるでしょう。しかしこの場合は、損失分は実質的に金融機関が背負うことになります。
国全体で観ると、危ないことには変わりがありません。

また、金利上昇によって賃貸業に旨味がなくなった場合、当然、新規の不動産需要は落ち込むことになり、不動産相場も下落すると予測されます。
不動産市況の悪化は、『転売できない。出来たとしても、価格が低い』という点において、事業として不動産を持ってるオーナーにとってはマイナス。
この不動産を担保として押さえている金融機関も、担保に対して貸し出しが多い状態となる為、賃貸向けのローンが焦げ付く可能性が出てくる。
バブル崩壊以降の、銀行の不良債権問題の再来というわけです。

アメリカ・日本。銀行が融資基準を緩める理由こそ違えど、結果的に金利の上昇によって破綻することは同じです。

この様な現状になっている現在、日本は危機を回避するため、金利を低い状態で保ち続けなければなりません。
金利を低い状態で保ち続ける為には、日本はデフレの状態を維持し続けなければならない。
デフレ解消のための長期的な低金利政策が、結果として、インフレに弱い現状を招いてしまったことになります。

金融政策というのは、導入するのは簡単ですが、その政策を止める方法。出口戦略を考えていなければなりません。
そういった意味では、『何もやらなかった』と罵声を浴びせらている、前日銀総裁の白川氏は、量的金融緩和に意味が無いことも、一度行ってしまったら止めることができなくなるのも分かっていたから行動に移していなかっただけなんでしょう。
日銀は既に打つ手なしの詰んでいる状態ともいえますが、今後、どの様な政策で現状を打破するのか、注意深く観ていく必要がありそうですね。